ラベル ニュース の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ニュース の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2013年10月30日水曜日

聖職者の減少に歯止めがかからない廃れるカトリック教会

カトリック教会の聖職者の深刻な減少 2000年から2012年


参考資料
カトリック教会現勢


2000年の聖職者数



2012年の聖職者数



上図のデータはカトリック中央協議会のホームページで確認ができます。

それによれば、2000年の聖職者数は全体で1719人 でしたが、
2012年の聖職者数は、1422人となっています。およそではありますが、この10数年で300人の司祭が減少したことになります。

それで、一つの疑問がわいてくるはずです。いったい、いつから聖職者は減少し始めたのだろうか?

数は関係ない、量よりも質の問題だと、仰る方がいるかもしれません。なるほど、たしかに信徒の数よりも、その質のほうが大切だという意見はごもっともですが、それでは本当に信徒や聖職者の質が良くなっているでしょうか?

今カトリック教会に通う信徒が、当時のカトリック信徒以上に質が良くなったという状況を、資料でぜひ示していただきたいなと思います。そんなことは不可能だということは承知ですが。個人的には、聖職者や信徒の質が良くなったとは到底思えません。むしろ、カトリックの信仰を否定する聖職者が増えたということだけは実感しているところであります。

当然、信徒数や聖職者数の数で判断することも大切であるかと思います。信徒数や聖職者数の減少は当然、質の低下が招いている可能性もあるからです。

天主の働き手である聖職者の数は、特に教会の現状を知るうえで重要な指標であり、聖職者(神父)数の減少は、恩寵の減少と考えて差し支えないでしょう。

また、改宗者の少なさも目に余るものです。



教皇ピオ12世 治世下(1938-1954)における教会のすう勢



上の文書は、Kenedy Directoryの1959年版で教皇ピオ12世が亡くなってから公開されたものです。ここで注目すべき部分は「Priests(神父)」と「Converts(改宗者)」の部分です。

1939年の聖職者数はわずか33,540人でしたが、教皇が亡くなる1958年には、50,813人と急増しています。

また、改宗者もものすごい数で増加しています。1939年は65,943人の改宗者がいましたが、1958年は140,414人と2倍以上に膨れ上がっています。

神学校や神学生の増加も倍増しており、少なくとも数値上は、100年安心のカトリック(100年安心の国民年金ではありません)だったのです。

この数字から言えることは、戦後の厳しい時代の中、多くの人々は宗教に救いを求めていたと考えられ、決してカトリック教会は衰退などしていなかったということです。カトリック教会はますます必要とされ、何もなければ、カトリック教会は今に至るまでその勢力を拡大していたことは間違いありません。

この資料を見ても、ピオ12世こそ、カトリック教会の復興に尽力した偉大なる教皇であり、聖人の位にふさわしい人物なのです。

それは上のデータを見ていただたくだけで十分でしょう。

ここで、先にした同じ質問を繰り返させてください。

いったいいつから教会はおかしくなり、聖職者は減少してしまったのか?

この質問に対する回答として、ラッツィンガー枢機卿(元教皇ベネディクト16世)の発言を引用させてください。

信仰について―ラッツィンガー枢機卿との対話(p40-41)

この二十年間(1965~85年)がカトリック教会にとって決定的に不利であった、ということには議論の余地がない。公会議に続く結果は、ヨハネ23世やパウロ6世を始めとするみんなの期待を無惨にも裏切ったかに見える。キリスト教徒は、再び、古代末期以来かつてない少数派になってしまった。・・・公会議の教皇たちや教父達は、カトリック的な新たな一致を期待していたのに、---パウロ6世の言葉を借りて言えば--- 自己批判から自己破壊になりかねない不一致に直面した。・・・躍進をこそ期待したのに、結果的には衰退を見せつけられ、それは公会議の真の精神の権威を失墜させる自称 "公会議精神" の掛け声のもとで蔓延していった。


ご覧のとおり、教会の高位聖職者がおっしゃっているように、教会の衰退はこの時期(1960年代)だったのです。

この時期はあの悪しき第2バチカン公会議が開催された時であり、公会議の影響によって、教会は衰退していったということは誰も否定できない事実なのです。


2013年10月19日土曜日

アンジェルスプレス総会におけるフェレー司教演説概要

SSPX総長フェレー司教の演説概要 2013年10月

+Pax tecum +

2013年10月12日、アンジェルスプレス総会におけるフェレー司教の講演です。以下のリンクから、講演(英語)を聞くことができます。

この差し迫った教会の危機を、日本の多くの聖職者[イエズス会・フランシスコ会・サレジオ会など]がいち早く気づかれますように。

天軍の栄(さかえ)ある総帥(そうすい)、大天使聖ミカエルよ、かつて悪魔の大軍が、全能なる天主に反(そむ)きし時、御身は、「たれか天主にしくものあらん」と叫び、あまたの天使を率いてかれらを地獄のふちに追い落とし給えり。故に公教会は御身をその保護者となし、特に日本公教会は、御身をその守護者と崇め奉る。願わくは霊戦に当たりてわれらを助け、悪魔を退け給え。われらをして御身にならいて、常に天主に忠実ならしめ、その御旨(みむね)を尊(とうと)み、その御戒めを守るを得しめ給え。 かくてわれら相共(あいとも)に天国において、天主の御栄(みさか)えを仰(あお)ぐにいたらんことを。御身の御取次ぎによりて天主に願い奉る。アーメン。(大天使聖ミカエルに向かう祈り)
SSPX総長フェレー司教 2013年現在

パート1の要約

  1. ファティマの3つの秘密における見解
  2. 第3の秘密のテキスト
  3. 第3の秘密は2つの部分で構成される:1つだけ公表された;その証明
  4. なぜ、第3の秘密は完全に公表されなかったのか?
  5. 差し迫ったファティマの預言:どう理解するか
  6. ファティマと秋田の預言は同じもの

Our Lady of Fatima and the Crisis in the Church: Part 1

This talk was given on Saturday, October 12 by Bishop Bernard Fellay (SSPX Superior General) during the 2013 Angelus Press Conference.

Summary of part 1:

  1. Overview of the 3 secrets of Fatima.
  2. The text of the Third Secret.
  3. The Third Secret has 2 parts; only 1 has been published; proofs.
  4. Why wasn't the Third Secret fully revealed?
  5. Dire Fatima predictions: how to understand.
  6. Prophecies of Fatima and Akita are the same.




パート2要約
  1.  第3の秘密は教会の”微妙な”問題に関わっている
  2. ルシー(ルシア)修道女「黙示録8章から13章に全てが見いだされる。」
  3. 第3の秘密は反キリストに関することで、それ以上のことである。
  4. 教皇フランシスコの委託の行為、それは奉献ではない
  5. ファティマの秘密は成就しつつある、お祈りと償い
  6. 地獄の子はすでに我々のうち(時)にいるかもしれない
  7. 危機の対処
  8. 神の来たる懲罰...そして天主(の摂理)
  9. 聖母への奉献の必要性

Our Lady of Fatima and the Crisis in the Church: Part 2

This talk was given on Saturday, October 12 by Bishop Bernard Fellay (SSPX Superior General) during the 2013 Angelus Press Conference.

Summary of part 2:

  1. The Third Secret concerns a "touchy" matter for the Church.
  2. Sister Lucy: "It's all in the Apocalypse, chapters 8-13".
  3. Third Secret concerns the Antichrist... and more.
  4. Pope Francis' Act of Entrustment, not Consecration.
  5. Fulfilling the Fatima message, prayer and penance.
  6. The Son of Perdition may already be among us.
  7. Dealing with the crisis.
  8. God's coming chastisement... and Providence.
  9. The necessity of devotion to Our Lady.
関連記事
  1. 10月13日の世界の奉献  
  2. 聖職者省元長官枢機卿シルビオ・オッディ-第3のファティマの秘密
  3. 秋田の聖母とファティマの聖母 

2013年10月16日水曜日

再び戦闘は始まる-聖ピオ10世兄弟会

カトリックファミリーニュース



John Vennari氏(カトリックファミリーニュースの編集者)のレポートに、「聖ピオ10世会のフェレー司教が、フランシスコ教皇に対して正真正銘のモダニストと形容した」記事が上がってきました。


これで聖ピオ10世会は、自らの危険な立場を解放し、再び異端的な公会議教会を糾弾することになりそうです。フェレー司教は、いかなる合意からもSSPXが守られたことを天主に感謝しました。


Bishop Fellay on Pope Francis - “We have in front of us a genuine Modernist!”


記事によれば、ついこの間の10月12日、「教会の現状は全くの惨事であり、現在の教皇は1万倍も悪くさせている」 とフェレー司教が警告を発しました。10月11日から13日のカンザス都市で開かれたアンジェルス出版カンファレンスの演説での発言です。

ファティマの第3の秘密に関して、その物質的懲罰と教会の重大な危機の両方の明らかな預言について、12日の土曜日の午後に、大々的な講演を行いました。

シスタールシアの言葉を取り上げ、第3の秘密の内容知りたければ、黙示録の8章から13章 を読むべきであること。また、天主が私たちに与えてくださった救済手段、ロザリオと汚れなき御心への奉献であることを、フェレー司教は話されました。



個人的感想

実務合意を目指していたフェレー司教とそのアシスタントは、ようやく目を覚ましてくれたようです。ローマが伝統に回帰したという夢想は、やはりたんなる夢でしかなかったのです。ウィリアムソン司教がおっしゃったように、また追放されたジルアード神父やパイファー神父がおっしゃったように、ローマは何も変わっていないのです。新しい教えを広める第2バチカン公会議はスーパー異端であり、公会議教会は本物の教会ではない(SSPX創立者ルフェーヴル大司教の発言)のです。

多くの司祭とウィリアムソン司教を会から追放し、実務合意に向けて舵を切っていたSSPX幹部は、公会議教会は本物の教会ではないということ、第2バチカン公会議は輝かしい成功であったと主張したり、修道会から特別形式のミサを制限するように働く教皇から離れるべきであることを決断しました。

ウィリアムソン司教によれば、ローマは汚水溜めです。おぞましい場所に変質しました。私たちは、聖職者の性的虐待を忘れてしまったのでしょうか?イエズス会の司祭であったマラキ・マーティン神父は、このことについて告発しています。

ローマでは1963年にサタンの戴冠セレモニーが行われた、と。その時代に思い出すことと言えば、教皇パウロ6世が「教会の中に入ってきた悪魔の煙」というあの陰鬱な言葉で表現しているそれのことだと思われるのです。

さらに、司教や司祭の間で悪魔的な小児性愛事件(儀式や行為)が、イタリアのTurinやアメリカのSouth Carolinaなどで報告されていました。

このことからわかるように、ローマ公会議教会では、私たちが想像する以上のおぞましいことが起こっていたのです。ウィキペディアによれば、執筆家でもあったマラキ・マーティン神父は、17冊もの小説とノンフィクションを発行しており、いづれもカトリック教会(いわゆる第2バチカン公会議以降の公会議教会)を批判しています。自身も、金銭と時間が許せば、ゆっくりと読んでみたいなと思います。

マラキ神父の友人であったある司祭は、 カトリック教会内にある常軌を逸した組織の秘密を暴こうとしたために殺されたのではないかと、マラキ神父は考えているようです。ルシフェル崇拝者による犯行であったという内々の情報を持っているとラジオショーで主張していました。


このような汚水溜めとなったローマに戻れば、間違いなくSSPXは汚染されていたことでしょう。残るは、捨て去られたSSPX残滓の司祭たちが、SSPXを継承していたことでしょう。

しかし、今後はどうなるのでしょうか? SSPXは分裂したままです。実務合意に向けて目障りで追放もしくは退会を余儀なくされた司祭を、今のSSPX幹部が回復させるための準備をしてくれるでしょうか?

ぜひ、そう願わずにはいられません。

+キリエ・エレイソン+


追記

この記事から、新たなブログをスタートさせます。今まではココログで大変お世話になりました。が、とても扱いにくい仕様でした。記事を書くのも、読者にとって不都合のないようにHTMLを駆使しなければならず、大きな問題を抱えていました。

過去記事をココログからブロガー(BLOGGER)に移すときに、仕様が異なることによる読みづらさがあるかもしれません。また、ブログの背景などサイト全体の装飾やリンクなども定まっていないので、しばらくは工事が続きます。ご迷惑をおかけしますが、ご理解のほどよろしくお願いします。




2013年9月14日土曜日

孤立した町でイスラムへの改宗を強要されるシリアのキリスト信徒

マアルーラにおけるキリスト教徒の苦境



Beautiful mountain village of Maaloula seized by rebel forces



ロサンジェルス(カトリックオンライン)-アルカイーダとつながっていた兵士が、シリア政権の軍隊との衝突後、キリスト教徒のマアルーラ村を支配下に入れた。イスラム過激派が根強い反政権グループへの欧州の援助は、再び恐怖を再燃化させている。



多くはひげをたくわえている抵抗者たちは、「アッラー、アクバル(神は偉大なり)」と叫びながら、住民を政府軍から解放するためと言う口実で、村へ押し寄せ、すぐにキリスト教徒の家や教会を攻撃してきた。



マアルーラのある住民は言う。「彼らは銃で人々を殺しました。銃声が聞こえ、村の古街の通りの真ん中で3体が横たわっているのが見えました。私たちの身におこっているのを知りながらオバマ大統領は何をしているのでしょうか?」



また、他の住民もこう証言した。「お前たち(住民)の誰かがイスラム教に改宗しないなら、お前たちの首は飛ぶだろう」



ダマスカスから25マイル離れたところに位置するマアルーラでは、住民が今でもアラム語(Aramic)を使用して生活をしている世界でも数少ない場所の一つだ。アラム語はイエズスや彼の弟子が話した言語だった。



中東の戦争の混乱から逃れたマアルーラは、首都から近いこともあり、シリア紛争の重要な戦略的な闘争の場となっている。以前はアサド大統領政権によって保たれていたが、イスラム強硬派のアルナスル部隊の先頭に立った反逆者の侵攻により、この村は包囲されている。



反政権の人々の中には外国なまりの者もおり、紛争地へと送られるアルカイーダの戦士となることを恐れていたと村人たちは言っていた。ある村人は、チュニジア語、リビア語、モロッコ語、そしてチェチェンの方言も聞いている。



ネットに投稿されたビデオには、反政権派の指揮官が、カメラに向かって「アサドの傭兵(dog)や暴漢をマアルーラから一掃した」と叫んでいた。その間、シリア政府当局は反政府グループは撤退し、村を奪還したと主張、「政府軍はテロリスト構成員に大きな損失を与えた」と言っている。



――――――――――
アメリカ政府の主張するシリア政府の残虐性はうそだと気付いた方は多いかと思います。反体制派グループの過激派によってカトリック信徒は迫害にあっています。シリアやエジプトで苦しむ多くのキリスト教徒のためにお祈りをお願いします。



+キリエ・エレイソン+



聖母マリアの日-ローマ教区主催 10月12日と13日

新潟教区も参加 2013年10月12日と13日


ローマ教区が催す霊的なイベントに新潟教区が招かれて、聖母マリアとともに過ごすためのロザリオのお祈りが日本の秋田の湯沢台(聖体奉仕会のお御堂)で行われます。世界10か所の巡礼地を衛星中継で結び、ともにロザリオのお祈りが聖母に捧げられます。



10か所の巡礼地は以下の通りです。
Marian Day 聖母とともに過ごす祈りの夜 参加10か所の聖母巡礼所



アルゼンチン(ブエノスアイレス)
ベルギー(バヌー)
ブラジル(アパレシーダ)
フランス(ルルド)


インド(ヴァイランカニ)
イスラエル(ナザレ)
日本(秋田)
ケニア(ナイロビ)
ポーランド(チェンストホヴァ)
アメリカ合衆国(ワシントンD.C.)



新潟司教区のタルチシオ 菊地司教様の日記の中にもお知らせがあります。
「聖母とともに過ごす祈りの夜」おしらせ



秋田では12日の午後の11時より、日本語、ベトナム語、韓国語、タガログ語、英語の順で、徹夜のお祈り(ロザリオ)が深夜の1時半まで行われます。



また、13日の日曜日には引き続き、衛星で中継された世界のロザリオのお祈りが続き、午前5時過ぎになると、菊地司教司式によるインターナショナルミサが行われる予定です。





2013年9月12日木曜日

祈りと断食により天主は一時的に怒りを沈められた

米国は外交努力を優先する



フランシスコ教皇の呼びかけによって、9月7日は祈りと断食が行われました。
世界情勢の悪化は誰の目にも明らかで、各地から多くの情報が集まるバチカンは重要な情報をつかんでいたに違いありません。

シリアのために、教皇があえてお祈りと断食を求めたからには、この戦争の開始によって、地域戦争へと拡大し、最悪の場合世界大戦へと突き進む可能性があったという情報をつかんでいたからではないでしょうか。

教皇は直接ロシアのプーチンにも書簡も送っていました。ロシアで開催されるG20首脳会議で、シリア紛争の拡大を抑えるための外交的努力を促したのです。



なぜなら、中東の紛争の背後には必ずアメリカとロシアが関係しているからです。ファティマの聖母が要求する「ロシアの奉献」は緊急性を要しています。2000年の大聖年の年に、ファティマの聖母の第3の秘密を全部打ち明けたとするローマ幹部の発表は、残念ながら嘘でしかないと私は考えています。もし奉献されていたのなら、なぜ中東戦争に続き、1980年代にイラン・イラクの戦争があったのでしょうか?なぜ、1990年代は湾岸戦争が起こったのでしょうか?聖母の言う一時的な平和とはどこにあるのでしょうか?この期間、共産主義国家で、カトリックはどれだけの迫害を被ったでしょうか?いまでさえ、残酷な迫害を受けているのはキリスト教徒です。エジプトの混乱によって、キリスト教徒はいっそう苦汁をなめているのです。



オバマ大統領はG20でシリアに対する戦争の支持を訴えましたが、関係国は冷たい視線を浴びせました。また、アメリカの国民はほとんどアメリカの戦争を支持していないそうです。アメリカ政府の単独行動は目を見張るものがあり、国際社会だけでなく、国内の批判が圧倒的多数なのにもかかわらず、戦争をしたがっていたのです。



G20の会合が終了し、オバマ大統領はシリア政府への批判は変わらないもの、外交努力への道を再び開き、シリアへの攻撃を自重しつつあります。これは、ひとえにキリスト教徒の熱心なお祈りと断食のたまものであると考えられます。



それでもファティマの聖母の要求は続く



しかし、これはあくまで戦争開始の延長にすぎません。聖母の「ロシアの奉献」の要求は続くのです。1917年ファティマのご出現により、聖母が1960年までには公にするようにシスタールシアに託した第3の秘密は完全な形として明らかにされていません(と管理人は考えています)。ロシアの奉献がなされるべき理由を知らない信徒はたくさんいますし、初土曜日の償いの信心も多くの信徒は知りません(と管理人は考えています)。このような状況をかんがみても、第3の秘密は計画的に隠されてきたことがうかがい知れます。



仮に、ロシアの奉献がなされたという立場に立っても、ポルトガルで信仰が保たれるという趣旨の聖母の発言を、ますます私たちは理解できなくなりますし、ロシアの回心というのも全く実現していない中で、この立場を主張することは逆に混乱をきたすだけになります。



ですから、ファティマの聖母の要求が拒否され続けるなら、私たちは近未来に本当の世界大戦を覚悟しなければなりません。それがいつなのかは誰も知りません。ただ、それはかなり近いだろうと思われます。



テレビやラジオの伝道師であった故フルトーン・シーン司教はこのことについて語ってくれていました。いつ大戦争が起こるか。それは民主主義国家の力が相当弱まったときです。共産主義国家の中国やロシアは、アメリカなどの資本主義国家が徐々に力を失った時に怒りの鉄槌をくらわすという趣旨の発言をしています。根拠は、独裁国家の独裁者がそう言っているからです。レーニンしかり毛沢東しかりです。



願わくは教皇様が全世界の司教と一致して、聖母のけがれなき御心にロシアを奉献することができるよう、勇気をお与えください。本当の平和は聖母なくして実現しないのですから。



+キリエ・エレイソン+









2013年8月10日土曜日

ミズーリの奇跡-交通事故現場に「天使」と思われる神父

大事故現場に突如現れた謎の神父



USA TODAYのニュースに大変興味深い記事があります。詳細は次のページにて確認いただけます。



A mystery priest who suddenly appeared at a Mo. accident scene is being called an angel.







要約(翻訳ではありません)
Lentzさんの交通事故と消防署長Reedさんの回想



事故は日曜日の朝に起きました。Tulane大学2年生のKatie Lentzさんが、クインシーにある実家からジェファーソンシティ(そこで夏の教育実習が行われ、友達とカトリック教会で礼拝する予定だった)へ向かう途中、ミズーリ州の主要道路で彼女が運転していたメルセデスが別の乗り物と衝突しました。その事故によって、 Lentzさんの車は、完全に金属の塊のような形状になり、ドライバー席にのしかかっていたそうです。



救援チームは、45分間も Lentzさんの周囲にあるねじまがった金属を取り除くために努力をしましたが、さまざまな工具は壊れてしまい、選択手段をほぼ失ってしまいました。ヘリコプターは外傷センターへ運び出すために待ち続けていました。彼女は教会のことや歯科の単位(取得)に向けての勉強について話しながら、落ち着いているように見えましが、バイタルサインは失われ始めていた、と消防署長のReedさんは言います。



Reed消防署長が現場に到着した時には、無事に乗物から救い出すには彼女の状態が厳しい、とヘリコプターの救出チームから言われました。



その時に、Reedのチームは彼女を救い出すために乗物を垂直に立てるという生死にかかわるかけにでることにしました。圧力の突然の変化で体に及ぼす影響を考えれば危機的でした。



その時、 Lentzさんはだれか私と一緒にお祈りをしてください、と頼みましたが、「しましょう!」という声が聞こえてきました。



黒いズボンに、黒シャツ、そして黒い襟を身に付けた5,60代の白髪の神父が白い差し込んだものを持って、どこからともなく現れてやってきました。現場周囲2マイルは規制され、近隣のコミュニティは誰も彼を知る者がいなかったので、消防署長のReedはおかしいなと思いました。



「私たち全員4つの村の地方の人々です。3つの村の外れにあるカトリック教会はただ一つで、彼は、そこの神父様ではありませんでした。」とReedは言いました。



Reedやその他の救急チームは跪きました。180cmくらいの中背中肉の神父は、彼らの前で立ちました。



「神父はLentzさんに近づき、彼女とともにお祈りを始めました。塗布する油を持ち、それを使用しました。」(Reed)



それを見ていた他の消防士は、神父がReedと近くにいた他の二人の救急作業員にも油を振りまいているようだったそうです。



そのあと、全てのことがすぐに起こりました。20名の救急(緊急)作業員が集まり、車を垂直に立てました。Lentzさんの生存の兆候が良くなり、近隣のコミュニティからレスキューチームが突然現れ、新しい器具や道具を持ってきました。Lentzさんはすぐに救出され救急搬送されました。



「Lentzさんは運ばれ、レスキューチームは清掃の準備に取り掛かりました。私たち皆は神父に感謝を告げようと戻りましたが、もう神父はいませんでした。」とReedは言っています。



最初は、日曜日の聖務を行うために教会へ戻らなければならなかったのだろうと彼らは推測しました。その後、現場で取られた69枚の写真を確認しましたが、どこにも彼の姿はありませんでした。



Lentzさんの母親のフェースブックによれば、2つの大腿骨骨折、脛骨骨折、左腕の骨折、9つの肋骨骨折、外傷を負った肝臓、脾臓断裂、傷だらけの肺なとで苦しみながらも娘さんは快方に向かっているそうです。クインシーのBlessing 病院で2つの手術を受け、さらにもう2つの手術を受ける予定ですが、徐々に危機的な状況を脱しつつあるということです。



彼女は多くのけがを負いましたが、彼女の顔はきれいで、歯は完全な状態で、輝いていました。私たちとコンタクトを取るすべての人、緊急作業員や消防士、ミズーリ州のパトロール隊、代理人などが、同じようにそう言っています。彼女は決して泣かず、けっして叫ぶこともなく、ただ「私のためにお祈りを、大きな声でお祈りを!」と言っただけでしたと、母親は言うのでした。



その他の奇跡
サンティ神父とその母親
東閭ドンルーの聖母









2013年7月27日土曜日

アイルランドを聖母マリアの御心に奉献へ

アイルランド ノックの聖母(沈黙の聖母)



沈黙の聖母の御出現で知られるアイルランドですが、この夏にアイルランドを聖母の御心に奉献する運びとなりました。2013年8月15日に奉献が行われる予定です。


この奉献に先立ってカトリックの一般信徒のグループの働きかけがあったそうです。手紙を聖職者高官に送ったり、活動を行って聖母の奉献をするように働きかけた結果、聖職者が信徒の力を借りて、バチカンを励ますことになるだろう行動に出ることを決意したのかもしれません。


ポルトガル、アイルランド、フィリピンなどで行われるこのような聖母への奉献を、教皇フランシスコが全世界のため、全司教と一致してロシアを奉献することができますように。また、日本の司教団も一致して、聖フランシスコザビエルのように日本を聖母に奉献する、その時がきますように。


なお、8月15日のミサの司式はアーマー州(Armagh)の大司教補佐Eamon Martin大司教が、Seán Brady枢機卿とアーマー州の大司教そして、アイルランド全司教とともに司り、奉献を行います。


沈黙の聖母(Knock)について


1879年8月21日、雨が降り注ぐ木曜の午後、ノックの小さな村の洗礼者聖ヨハネ教会の南の壁側に立つ聖母・聖ヨゼフ、洗礼者ヨハネが年配の婦人によって目撃される。壁の中央にはシンプルな祭壇があり、その上に羊がたたずんでいた。天使はその羊を囲って空中を舞っていて、数時間その光景は続き、神々しい光によってつつまれていた。


1880年1月6日と2月10日にも同様の出現があった。聖母は神々しい光に包まれ、長いガウンの服をお召しになられており、頭には光り輝く冠をかぶり、額には黄金のバラがあった。聖母の御手は肩よりも高く上げられ、右側に聖ヨゼフが、左側には洗礼者ヨハネが立っておられた。その左側に大きな十字架とともに祭壇があり、十字架の足元に羊が、その周りに天使が崇拝のために十字架を囲っていた。


初めの御出現から10日後にはすでに奇跡が起こった。生まれた時から全聾の若い女の子が、すぐに癒された。1880年の終わりごろには、300人もの治癒が教区司祭のダイアリーによって記録されている。


また、ご出現から3年目には、カナダトロントのリンチ(Lynch)大司教は、自らの治癒と司教区の信徒の治癒の奇跡を感謝して、巡礼を行った。




参考記事


アイルランドを聖母へ奉献
Lessons From Our Lady Of Knock CatholiCulture.org

+天主の平和+














2013年7月23日火曜日

SSPX幹部の宣伝工作か‐オランダ大企業にブランドアップを依頼

SSPXの宣伝工作



SSPX聖ピオ10世会から追放されて、レジスタンスを形成している追放された司祭や司教から、さまざまな疑問点が、SSPX幹部に向けられています。


特に最近、このレジスタンス側に立って、日本向けのレジスタンスの公式?サイトから様々な情報が発信されています。


そして、つい最近知ったのですが、SSPXのブランド化を目指して、オランダのブランドイメージに特化した会社(5本の指に入る大企業らしい)に対して、SSPXのイメージをアップさせるための依頼をして、かなりの額をこの私企業に払ったらしいことがわかりました。


なんということでしょう?SSPXのイメージを良くしようと、一般企業にお金が支払われたという事実を知って、カトリック信徒として正直感覚的に理解しがたいもの感じました。


昨今の教会の現状を憂う身として、微妙な立ち位置にありながらも教会の復興を目指そうとするSSPXに対して、個人的に敬意と尊敬の念を持っていましたが、SSPX内部で分裂が起きたことを知り、どちらの言い分が正しく、どちらが真理を求めているのか、その行方を見守っていました。


2012年のSSPXの総会で分裂がはっきりしましたが、2006年の総会の決議と創立者ルフェーヴル大司教の立場を反故にするSSPX幹部(もちろん、善意であっただろうと信じていますが)に対して、多くのSSPX会員が反感を示し、上層部は見せしめに対立的であった司祭を追放することで、外部的には穏やかであったように見せかけました。(実際、4人の司教のうちの一人、ティシエ司教は、フェレー総長の立場に反対だったが、実務的に総会の書類にサインしました)


しかし、このSSPXの強硬な態度が、追放された司祭のレジスタンスの結成へと駆り立て、レジスタンスの司祭がSSPX内部の事情を暴露し始めました。


このことが原因で、SSPXにとって必要な対策としてオランダの大企業に依頼するきっかけになったのではないかと個人的に推測しています。


なお、上記の詳細は、追放されたSSPXの司祭ジルアード神父の説教の中で確認できます。カトリック信徒として考えさせられる記事ですので、ぜひ、SSPX会員の信者に、一読していただきたいと思っています。ジルアード神父の悲しい境遇を知ることとなるでしょう。


カナダSSPX司祭 ジルアード神父様 お説教 2013/6/2


個人としてSSPXの分裂をあおっているわけではありません。常に警戒を怠ってはいけないという意味で、この記事を上げています。


Fratres: Sobrii estote et vigilate :quia adversarius vester diabolus tamquam leo rugiens circuit, quaerens quem devoret


「身を慎み、目を覚ましていなさい。あなた方の反対者、悪魔が、ほえたけるライオンのように、誰かを食い尽くそうと探しまわっています。(一ペトロ5章8節)」




2013年7月19日金曜日

ワールドユースデーの参加―フランシスコ教皇

2013年7月22日から29日まで ブラジルへ訪問





24日から28日に行われるワールドユースデーに合わせて、教皇フランシスコがブラジルへ訪問されます。ブラジルにおける教皇の使徒職が多くのブラジルの信徒(特に若者)にとって慰めと勇気となり、カトリックの繁栄の一助となりますように。



さて、ブラジルでは、教皇の訪問前にちょっとした問題が起こったようです。ヨハネパウロ2世によって司教の位に上げられたブラジルの Milton Antonio dos Santos大司教が、跪きながら御聖体を口で受けることを禁止するという通達を教区にだしました。7月11日の司教の通達(encyclical)にて、キリストの御聖体における現存については何も言及されなかったようです。




なぜ御聖体を跪いて口でいただくことを禁止したのでしょうか?それは共同体の一致のための指導なのだそうです。ここにも、カトリック内における大きな背教を見て取れるのです。なぜ、ブラジルの最高使徒職に就く大司教がこのような反カトリック的な通達することができたのでしょうか?それは、多くの人が否定したい第2バチカン公会議の影響によるものでしょう。教皇と同等の権能を持っているかのような司教団体制なるものが、大司教に誤った行動をさせたのだろうと考えます。なぜならエキュメニズムの一致は優先事項であるからであり、こうした考えがカトリックの教義に影響するまで波及しているからです。



第2バチカン公会議前までは教会内において跪いての聖体拝領は常に許可され、立って聖体拝領することはありえませんでした。跪いての聖体拝領は、御聖体への敬意とふさわしい礼拝行為としてみなされ、常に教会では推奨され、第2バチカン公会議後も、司教協議会総会にて例外的に立って聖体拝領することが認められたにすぎませんでした。



しかし、いつごろか立って御聖体を受けることが跪くことよりも優先される事態が発生し、しかも、場合によっては跪くことが禁じられると言った現象が教会内で見られるようになりました。



管理人も悲しいかな、ある司祭により立って御聖体を受けるように指導されましたし、またある場所では、跪いたと同時に、立ちなさいと命令されることもありました。その時は、渋々認めて御聖体を受けざるを得ませんでした。



話はブラジルに戻りますが、ブラジルのドスサントス大司教は、11日に禁止の通達をホームページにのせたそうですが、13日には多くの批判を受けて掲載を取り除きました。補足ですが、興味深いことに2012年に、大司教が管轄する Ciuabáの教区で調査を行ったところ、57%の信徒が跪いて口での御聖体拝領することを希望していることがわかっています。



結局、大司教ドスサントスは、通達を撤回し、跪いても立っても御聖体拝領を受けられるし、強制することはないと表現を改めました。



ファティマの第3の秘密について



「ゴルバチョフとは何の関係もありません。祝されし乙女は我々に教会における背教を忠告したのです。」-聖職者省元長官枢機卿シルビオ・オッディ

+主よ、憐れみたまえ!





2013年4月21日日曜日

中絶を奨める修道女

イリノイの中絶クリニックの案内役としてボランティアをするシスター
2009年10月23日金



ドミニカン修道会のシスターがよくイリノイの中絶施設に行き通うのが目撃されている。
中絶をしないようにお祈りをしてくれている、ないしは中絶を考えている女性のカウンセリングをしているのだと考える人がいることでしょう。しかし、そうではなく中絶クリニックの案内のボランティアだったのだ。



地方のプロライフ運動家(中絶反対)は、シカゴのThe Chicago Tribune(新聞)に掲載された写真を見て、中絶に支持を表明しているシスター Donna QuinnがACU健康センターの案内役だったと知ったと主張する。



地方プロライフのジョン・ブレイ氏は「何度も電話をしたが、彼女は取り合ってくれませんでした」とLifeSiteNews.comで語っている。「それは(紛れもなく)シスターです。」
Donnaquinn



11年プロライフに関わったAmy Keaneは、シスターQuinnは少なくとも6年間エスコート役を務めていたと証言している。ある婦人がクリニックに入ろうとしているときに、修道女Quinnがプロライフ活動家に向かって大声で叫び始めた出来事について語った。



「Quinnはとても怒っていて、皆に聞こえるように『ほら彼らを見て、婦人と関係を持とうと話しかけてるわ。』と。とても怒っていたので、不意を突かれました。」
彼ら(プロライフ活動科)はとても平和的で、修道女と活動する人たちの間で目立っていませんでした、とKeaneは言う。



「カトリック信徒の私たちにとって、修道会の会員がそのような露骨な(エスコート役)活動をしているのは、とてもがっかりです、本当に。シスターが妊娠中絶に積極的に関与しているのです。とても心穏やかではありません。」と、Keaneは言った。



Donna Quinn修道女は、シカゴ付近で合法的な中絶やその他リベラルな問題の支持者として知られている。



1974年、シスターはシカゴカトリック婦人協会を共同設立し、フェミニストの立場から2000年に解散するまでUSCCB(アメリカ司教会議)に働きかけていた。今では、極端にリベラルなAmerican Nuns「アメリカ修道女国家連合」(NCANは中絶・ホモセクシャル・避妊具・男性聖職者などのカトリックの立場に反対)の調整役として活動している。



LifeSiteNews.com (LSN)がQuinn修道女にコメントを求められなかったが、NCAN所属の Beth Rindler修道女は、Quinn修道女がいまだグループのメンバーだと証言した。そのグループは、制限のない合法的な中絶の支持、本質的に悪とされる中絶の教えに反対の立場に立つ。「女性を尊敬し、女性が道徳的な決定を下すことを信じているので、私たちは彼らの決定を尊重します。」と Beth Rindlerは説明した。



2002年、ハーバードディヴィニティスクールの宗教プログラムの婦人研究会の演説で、 Quinn修道女はカトリックの教えが道徳的でないとみなす経緯を語ったのだ。



「かつて私は言いました。これは私たちの教会です。それを変えていく仕事をするでしょう。なぜなら、教会を愛しているからです。」と。「それからこう言いました。この教会は道徳的でないと。もし、私がかかわっていくのなら、教会を変える仕事をする方が良い。ここ最近、私は、すべての宗教が性差別の観点で道徳的ではないと言っています。」



性差別こそ教会の邪悪の根源で、それゆえ世界の邪悪の根源なのだと主張し、それゆえ、女子修道会(the sisterhood)のためにドミニコ会に籍を置いているのだとQuinn修道女は言う。



Sinsinawa Dominican communityの修道会院長のPatricia Mulcaheyシスターは、LSNへのメール返信で、 Quinn修道女がボランティア活動を次のようにみなしていると伝えた。「抗議者による言葉の暴力に合った女性をお供すること。抗議者が暴力を振るわなければ、ここにはいないでしょう。」



Quinn修道女がカトリックの教えを支持しているとPatricia Mulcahey修道女院長は主張したが、Quinnのカトリックの教えに公の反対していることについてのコメントは避けた。



プロライフ活動連合のJoe Scheidler、Quinnが1982年にオフィスに連絡を取ってきたと言う。そして、Quinnと中絶賛成派がロー対ウェイドの記念日に、建物をピケ隊(デモ隊)で張り巡らせたのだ。



婦人の立場に立ち守ること、それが宗教の役割で、そして中絶の選択をさせることを彼女は主張しているのです、とScheidlerは彼女の最近の活動について語った。「カトリックの修道女に中絶クリニックの手伝いをさせることになるなんて、恐ろしいことが起こったものです。そこは本当に最低のところで、生きた子供を殺すための場所に女性を案内するのですから、結果女性の霊魂を破滅させるのです。」



「たとえ、子供の人間性を信じていなかったとしても、もちろんそれはあり得ないことですが、それでもわたしは、女性のために中絶と戦うでしょう。」とScheidleは語ってくれた。



「子供を失えば取り返しは尽きません。決して不可能です。」




関連記事



Brief: Pope supports opposition towards American nuns 4月19日2013年



フランシスコ教皇は、教皇庁がこの中絶賛成派のfeminist集団「アメリカ修道女組織''U.S. nuns''」に対して取り締まること支持しました。



2013年4月16日火曜日

バチカン内部に潜む悪魔

バチカンに存在する悪魔の手先



手先(悪魔)はローマカトリック教会の心臓部に潜んでいます、水曜日にバチカンのエクソシスト主任は語った。


ガブリエルアモス神父は、サタンにつかれた人々はガラスや鉄の破片を吐き出すと言う。



精神的に情緒不安な女性によるクリスマスイブにおけるベネディクト16世教皇への攻撃(補足:女性に引っ張られ転倒した時のこと)や、アメリカ、アイルランド、ドイツ、またほかの国々で折檻している性的スキャンダルは、反キリストが教皇庁への攻撃を仕掛けている証拠ですと、彼は付け加えた。



「手先はバチカンに潜んでおり、その結末を理解できます。」とバチカンエクソシスト主任を務めてきた85歳になるアモス神父は、続けた。



「悪魔はうまく隠れ、複数の言語を話し、うまく情けを装います。時に、かれは私を嘲笑います。けれども、私はこの仕事に喜びを感じている一人です。」



カトリック内部でもエクソシストの構想に対する「抵抗と不信」がある一方、ベネディクト16世教皇にそのような疑いはない。「エクソシズムの挙行を教皇は真面目に信じ、励まし、私たちの職務を称賛してくれます」とアモス神父は付け加えた。



枢機卿のイエズスへの不信仰や、悪魔と結びついた司教たちなどによって、カトリックの上層部に悪魔の邪悪な働きが見て取れるのだ、と神父は言う。





エクソシズムという世界の貴重な洞察のうちに、このイタリアの神父は「ラ・リパブリカ新聞」にて1973年の映画エクソシストは、大体悪魔憑きの様子を表現し得ていると語っている。



悪魔憑きの人はときに、エクソシズムの最中に複数の人たちに肉体的に束縛されなければならないことがある。金切声をあげたり、彼らは冒涜的な言葉を発したり、とがった物体を吐き出すこともある。



7万人に対してエクソシズムを挙行したアモス神父は、「彼らの口から、あらゆるものが出てきて、指ほどの長さの鉄の物質や、バラの花びらもあった」と言う。「悪魔憑きが口から吐き出した時の(口から出た)よだれなどは、私は必要に応じて掃除もしていました。かれらが吐いているを見ても私は苦に感じません。エクソシストの主要な義務、それは人々から悪魔の怖れを取り除くことです。」



1981年に起きたトルコ人による教皇暗殺未遂やカトリック聖職者による児童性的虐待や児童性愛の最近の露呈は、悪魔の働きであったと主張しているアモス神父は、最近、出版された「Memoirs of an Exorcist」という自身の召命についての本を書いている。



エクソシスト協会の首席を務めるアモス神父は、戦争時パルチザンとして戦ったが、ヒトラーとスターリンは悪魔につかれていたと主張する。2006年のバチカンラジオのインタビューで「もちろん、悪魔は存在し、一人の人間に対してだけでなく、組織や群衆に憑くこともある」と語っている。





「ナチスは皆憑かれていたと私は理解しています。ただ、ヒトラーとスターリンが何をしたかだけを見てください。」



ハリーポッターについても、オカルト的で、魔術の悪魔的な技と好意的なマジックとの間の違いに区別がないので危険だと、神父は非難をしている。




http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/europe/vaticancityandholysee/7416458/Chief-exorcist-says-Devil-is-in-Vatican.html







2013年4月6日土曜日

教皇フランシスコが己が使命を全うできますように

教皇職に就かれました教皇様フランシスコのために



新教皇様が第266代のローマ教皇に選出されました。フランシスコ教皇様は、日本への特別な愛をお持ちであったことをうかがい知っております。宣教師としての使命を望んでおられたそうですが、健康上の問題で望みはかなえられませんでした。



ブエノスアイレスの枢機卿時代には、アルゼンチンの司祭を日本への福音伝統のためにに派遣してくださいました。



そして、今この難しい時代に、教皇職に就かれたことは大変なものであろう思われますが、
教皇様が、み摂理のうちに使途職を全うすることができるようにお祈りを申し上げます。



罪におぼれたこの世俗の世界で生きることは、とても大きな苦しみであり、修道生活を送らない信徒としては大きな誘惑です。



けれども、この世にありながら、この世から離れて生活するすべを身に付けるのも信徒の役割だと思います。この世を照らす光として、カトリック信徒がその信仰のある生き方で模範を示さなければならないことでしょう。そうすることで、地の塩となりえます。



逆に、地の塩を失ったら(マルコ9章50節)、私たち自身も天主から捨てられる運命にあることでしょう。世の光として照らしださず、逆に私たち自身が光を失っていたら、どうして世俗の世界がよくなるでしょうか?



教皇様がカトリック教会を本当の天主のお望みとなる教会を打ち立てることができますように。