2014年8月21日木曜日

処刑されたジェームズ・フォーリー氏はカトリック教徒

ジェームズ・フォーリー氏の霊魂のために



8月19日に、イスラム教スンニ派の過激組織「イスラム国」が、ジャーナリストのJames Foley 氏が処刑された映像を公開しました。


フォーリー氏は2012年11月に、シリア北部での取材中に行方不明となっていたそうです。その時から、今まで拘束され続けていたのか、それとも、この処刑がすでに行われていて、タイミングとして、この時期に映像を公開されたのかはわかりません。

米軍がシリアで拘束のフォーリー氏ら救出作戦に失敗、今夏に実施

しかし、このタイミングを狙ったのは、アメリカがイスラム国が展開する地域を空爆し始めたことによるのが大きいのでしょう。


ジェームズ・フォーリー氏は、シリア北部のトリポリで捕えられ拘留されました。その後、別の場所に収監されたあと、同僚のManuという方にもあったそうです。そこで、自宅に電話する機会を与えられ、母親と電話で会話をしました。

そのころには、すでにフォーリー氏が捕えられてしまったことがアメリカ中に知られるようになっており、母親も大変心配をなさっていました。

フォーリー氏は電話の中で、母親への気遣いなのか、捕虜としてよりもお客様として取り扱われていることを伝えましたが、母親はすかさずに、「そう言わされているのか?」と聞き返しています。母親の子供に対する思いが、ひしひしと伝わってくる場面です。


この電話でのやり取りは、フォーリー氏が大学に送った手紙の中で確認することができます。

Phone call home A letter from James Foley, Arts ’96, to Marquette.


また、彼は捕虜となってからロザリオの祈りを始めるようになったことが記述されています。
母親と祖母がお祈りをしていたことが記述されており、また、「天にまします」の間にはさんで「めでたし」の祈りを10回唱えるやり方で、100の「めでたし」を唱えるのに、まる1時間かかったそうです。

また同僚のClareとも声を出して一緒にお祈りもしたそうです。一方、地球上の反対側では、彼の通っていた大学で、徹夜のお祈りが行われていました。


わたしは、残酷な処刑動画を見る気は毛頭ありませんが、すでにyoutubeなどにアップされています。そのなかで、イスラム過激派に言わされたとされる「これから私の身に起こることは、米国の独善と犯罪行為の結果だ」の発言があるそうです。

彼は、政治的な道具にされながら命を奪われました。最後の最後まで、彼が自分の信仰を貫き、完全な痛悔を起こしたことを、私は信じて疑いません。彼も捕虜となったときから、死をすでに受け入れていたことでしょう。その中でできることを、彼は全てやり遂げたことでしょう。

彼の霊魂のために、皆様の温かいお祈りをお願いします。

天にまします
「天にましますわれらの父よ、願わくは御名(みな)の尊まれんことを、御国の来たらんことを、御旨〔みむね〕の天に行わるる如(ごと)く地にも行われんことを。われらの日用(にちよう)の糧(かて)を今日〔こんにち〕われらに与え給え。われらが人に赦(ゆる)す如く、われらの罪を赦し給え。われらを試みに引き給わざれ、われらを悪より救い給え。[アーメン]」

めでたし
「めでたし、聖寵(せいちょう)充満てる(みちみてる)マリア、 主 御身(おんみ)と共にまします。 御身は女のうちにて祝せられ、 御胎内の御子(おんこ)イエズスも祝せられ給う(しゅくせられたもう)。 天主の御母(おんはは)聖マリア、 罪人なるわれらのために、 今も臨終の時も祈り給え。 アーメン」


追記

教皇様は、自身の健康が芳しくなく余命2,3年だ、と記者会見で述べたそうです。
おそらく、この2,3年ということに敏感に反応したのは、カトリック信者のみならず、多くの未信者の方もそうでしょう。

なぜなら、ファティマの聖母の御出現からちょうど100年にあたるからであり、多くの方々が、ロシアの聖母の汚れなき御心の奉献がいつになるのかを、見守っているからです。

そして、聖母によれば、その奉献は時すでに遅いかもしれないが、しかし、御心は必ず勝利を収めるということは確実ですが、世界情勢を見渡せば、危ない時代に突入しつつあるということが誰の目にも明らかです。このまま世界の各地で戦争に突入すれば、第3次世界大戦は目前です。

昨年は、シリアの紛争がきっかけで、教皇フランシスコは祈りと断食を呼びかけました。その当時も、ロシアとアメリカの介入という危険性が増し、緊迫した状況が続きました。祈りと断食により、いったんは収束しました。

しかし、イスラム国の台頭により、イラクではアメリカによる限定的空爆が始まっていますし、シリアも内戦状態で、混沌とした状況が続いています。

ファティマの聖母の御出現から100年目の2017年は、ある意味大きな節目を迎えるのかもしれません。


また、8月20日はピオ10世教皇が亡くなられた日で、21日は信徒の弔問のためご遺体がバチカンの聖堂に安置されました。その教皇様の死を思い起こします。

同じく、1879年の8月21日は、ノックの聖母の御出現がありました。一般信徒にも出現したこの聖母の御出現は、ファティマやルルドと言ったご出現とは性格が異なり、完全な沈黙のうちにご出現が始まり、そして終わりました。この混沌とした世界に沈黙が教えてくれることは、真の神への侮辱にたいする痛悔と、そのためのお祈りと犠牲ではないでしょうか?ただひたすら痛悔とお祈り。


+キリスト信者の助けなる聖マリア、われらのために祈りたまえ+

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