ファティマの聖母の御出現のあらましと第3の秘密
1917年5月13日、ポルトガルのファティマ村に童貞聖マリアが3人の牧童の前に出現しました。
聖母は、希望ならびに罪深さと戦争で荒廃した世界への警告という重大なメッセージを3人の牧童にもたらしました。6か月にわたり、聖母はより詳細なメッセージを伝えるために再び訪れ、牧童にお祈り、償い、奉献を求め、聖母の要求通りにならなければ、これから起こるであろうおそろしい出来事を警告しました。また、聖母は私たちが毎日ロザリオを唱えるように仰いました。
聖母は姿を消すまえに、牧童に伝えました。「ただ、私だけがあなたがたを助けることができます。」と。1917年10月13日、「太陽の奇跡(Miracle of the Sun)」によって、天はファティマの聖母のメッセージの真正性を証明しました。およそ7万人の人々(信者も無神論者も含む)が、それを目撃したのです。1982年5月13日、教皇ヨハネパウロ2世はファティマに訪れ、ちょうど1年前の暗殺未遂事件において、聖母が助けてくださったことを感謝し、ファティマにおける聖母のメッセージは、全人類に向けられたものであること、今日においてより意義のある緊急性を要するものであると、教皇は語りました。
1917年7月13日、「ファティマの秘密」として知られるようになった内容を聖母は3人の牧童に示します。三つから構成されるうち、一つ目は地獄の恐ろしいビジョンでした。2つ目は共産主義ロシアの台頭と誤謬の拡散、そして世界統治へと突き進む猛攻という驚くべき予言。(当時ロシアが何を意味するのか牧童は知る由もなかった。)三つ目の秘密は1960年に開示されることになっていましたが、預言を託された教皇はいまだに公にその全容を公開していません。
しかし、多くの月日を経て、聖母の秘密とされているメッセージの基本的趣旨を多くの学者や研究家の努力によって矛盾なく一つにつなぎ合わせることができたのです。これらの調査内容は、三位一体修道会のミカエル修道士(Brother Michael of the Holy Trinity)のすばらしい書物に書かれています。900ページに及ぶその本の中で、ミカエル修道士は、第3の秘密において、現在教会が直面している重大な危機をはっきりと預言しているのだ、と決定的に論証しています。
信仰の喪失と多くの信徒が教会から脱会しているのは、現代化の「刷新 "reform."」の名において、天主と聖母への不従順かつカトリックの聖なる伝統の拒絶による直接的結果なのだとミカエル修道士は、自著で説明しています。第3の秘密を知る数少ないうちの一人であるラッツィンガー枢機卿(教皇ベネディクト16世)は,秘密が信仰の危機と関係しているがゆえにキリスト教徒の生活に、それゆえ世界の人々に関係しているのだと確認しています。
第3の秘密のテキストの漏えい、それとも偽もの?
さて、TIAのサイトにて、ルシア修道女が書いた手紙とされるものがアップされています。信仰の危機と関係していること、バチカンが秘密にしたがる内容であること、1960年前に公開されていれば危機を避けることができたことを考えると、かなり信ぴょう性の高い情報であると考え、この記事で取り上げてみることにしました。
仮にこの第3の秘密に関する手紙がルシア修道女の書いたものでなかった場合でも、多くの示唆に富む内容であること、また別の見方をすれば、とてつもなく恐ろしいものであること、特に信徒にとっては混乱をきたすものであること、また教会の危機の現状を考えると、実際の第3の秘密のテキストはバチカンが公開したくないようなことが書かれていることは容易に想像できます。
また、教皇ヨハネパウロ2世の在位中に暗殺未遂が起きましたが、その日は皮肉にも聖母の御出現の日5月13日だったのです。おそらく、教皇ヨハネパウロ2世はテキストのすべてを公表することを望んでいたかもしれません。しかし、それを快く思わない勢力が、なんらかの形で教皇に圧力をかけたことが想像できます。個人的に、あの暗殺未遂事件はイスラム勢力の犯行というより、ファティマの秘密を知られては困る教会内部の何者(みせかけのキリスト信者)が差し向けたのではないかと思うのです。第3の秘密は「緊急性を要する」と表現した教皇の発言を吟味してください。暗殺未遂事件は、ファティマの秘密と関係があるということを示唆しているのは明らかです。
この手紙の内容が事実であるなら、バチカンを牛耳ろうと考えているフリーメーソン勢力はたちどころにその権威を失うことになり、今までの努力が水の泡と化すのです。
第3の秘密に関するルシア修道女の手紙
翻訳(日本語試訳)
1944年4月1日(もしくは9月1日)トゥイにて
JMJ
今私は秘密の第3の部分を明らかにしましょう。この部分とは教会の背教のことです。
私がローマ教皇だと表現しているある人物が群衆の前で喝さいを受けているのを、聖母は私たちにお見せになりました。
しかし、本当のローマ教皇と一つの違いがあり、悪魔のような凝視で、彼は悪魔の目つきでした。
それから、しばらくしてその同じ教皇は教会に入っていくのを見ましたが、その教会は地獄の教会でした。そのひどい場所を表現する方法が見つかりません。それはまるで灰色のセメントの要塞ででこぼこの側面と目の形をした窓がありました。建物の屋根にはひとつのくちばし状のものがありました。
次に、私たちは聖母に目を向け、聖母は仰いました「あなたたちは教会の背教を見ました。この手紙を教皇は手にすることができますが、ピオ12世のあとで1960年前に公開されるべきです。」
ヨハネパウロ2世の統治下、ペテロの墓の礎石を取り除きファティマに移さなければなりません。
信仰のドグマはローマで守られないので、その権威は取り除かれファティマへ移されなければなりません。
ローマの大聖堂は破壊されファティマに新しいものを建立しなければなりません。
この命令が発表されて69週間、なおもローマが忌まわしい状況であり続けるなら、都市は破壊されるでしょう。
それはダニエル書9章24節から25節、マタイの福音書21章42節から44節に書かれていると聖母はおっしゃいました。
+キリエエレイソン+
追記
・La prima pietra offerta da Giovanni Paolo II è posta di fronte all’altare
(ヨハネパウロ2世により、祭壇前の扉で渡される礎石)
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