2013年6月2日日曜日

中国の聖母 -ドンルーの聖母と奇跡-

東閭ドンルーの聖母



毎年、5月になると中国共産党政府は河北省(Hebei)ドンルーの町に予備警察を派遣します。
北京から車を数時間走らせたところにあるこの村で盛大に行われていた巡礼に対する取り締まりを強化するためで、巡礼者や旅行者をこの村に近づけないように中国政府は制限をかけているのです。



およそ、1万人が住んでいるこの村の90%はカトリック信徒と言われており、聖母マリアを固く信じ、天主愛国協会と対峙する地下カトリック教会に忠誠を示しています。

ドンルーの出来事は1900年にさかのぼります。白く光り輝く
美しい姿をした聖母が、空に出現し、義和団の乱の中、1万人の兵士からこの村を守りました。兵士は、カトリックを標的に虐殺をもくろんでいたのです。聖母の出現を恐れた兵士は、その幻影に発砲をしましたが無駄に終わり、恐れをなして逃亡してしまったのです。

聖母の出現は現地の司教に公認され、その場所に教会を建立しました。教区の司祭の委託で描かれた中国の聖母の絵画は、皇后(女帝)のローブを纏い、膝の上に幼きイエズスをのせ、その頭上に
冠を頂いています。それは、「ドンルーの聖母(中国の聖母)」として知られるようになり、1928年教皇ピオ11世により祝福・公布され、1941年教皇ピオ12世により、カトリック典礼歴の祝日に組み込みました。

これにより、中国河北省のドンルーは有名な巡礼地へと発展していき、特に5月24日は、キリスト信者の助けなる聖マリアの祝日となり、多くの信徒が巡礼のために足を運ぶようになりました。

(禁止される前の巡礼地)
F070_shrine




1995年には聖母の光栄のために地下カトリック教会の信徒5万人が巡礼しましたが、ミサの時、奇跡の現象が見られました。太陽は天井で右から左へと動き、さまざまな色の光が人々の上に照らしだしました。それが20分も続いたのです。それから、幼きイエズスを抱いた聖母が空に出現しました。

多くの目撃者は、聖母の出現や奇跡を通して、ドンルー町で起こった出来事の重要性を理解したのです。それは、地下カトリック教会の本拠地でもあるドンルーの聖母が、共産主義政府の愛国協会を拒否しローマに忠誠を誓う信徒の保護者であるということの印であったということです。

F070_church




1996年には中国公共安全局(The Chinese Public Security Bureau)が5月に訪問する巡礼団を禁止しましたが、5月24日の祝日に10万人もの信徒が訪問を果たしたのです。
これに対して政府は速やかに5000人の軍を動員し、地下教会の聖職者を逮捕し、聖母の御像を奪いました。また、ドンルーに訪れたいかなるドライバーの免許も取り消したのです。「不法の集会と社会の安寧に与える悪影響」を理由に訪問が禁止されるようになります。

今日でも、巡礼は禁止されていて巡礼者の数は激減しましたが、24日の祝日は続けられ、
2013年も200人近くの信徒が行列に参加しました。

81歳の老人曰く、
「当局は恐れています。もちろん、小さな村に住む力のない村人など恐れていませんが、聖母の強力な仲介を恐れているのです。聖母の保護のもとに、中国の国民が共産主義政府に抵抗する力を得るからです。」

教皇フランシスコも5月22日に、中国の信徒のために世界の人々のお祈りを呼びかけていました。私たち信徒は、聖母月である5月に特に中国のキリスト信者に心を寄せて、聖母のとりなしを願い、ロザリオを通して迫害の中を生きる彼らのためにお祈りをし、生きる希望と喜びが与えられることを願ってやみません。


ドンルーで信じられている公式絵画
F070_ol








0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...