2013年7月26日金曜日

ラテン語の学習-主要なお祈り「キリエ」「クレド」など

ラテン語学習のすすめ



以前、ラテン語を、さわりの部分だけ学習したことがあります。発音の仕方から、文法の簡単な部分を覚えましたが、英語と違ってかなり難しいという印象を持った記憶が今でも残っています。



特にラテン語の学習を難しくしている要因は、形容詞などが、受け手の名詞の性質によって変化していったり、また名詞も名詞で格によって変化させていく必要があるということです。この難解な文法を駆使する必要のあるラテン語が、必然的に死語になっていくことは至極当然のことであって、そう考えるのは妥当でしょう。



具体的な例として、「Deus」は主語としての「神」となりますが、もし、目的語として「神(を)」と言いたい場合、「Deum」と、語尾に変化が生じます。また、前置詞の中に来たり、副詞的に用いる「神に(神の)」など場合、「Deo」と変化します。このように、必要に応じて、語尾を変化させなくてはならないのですが、実は、この「神」を形容する形容詞も同じように語尾が変化していきます。「偉大な神」の「偉大な」という形容詞も、名詞の変化に合わせて変化させていきます。気を付けないと、形容詞なのか名詞なのか、品詞はなんなのか混乱してしまうでしょう。Alas!



このため、管理人は挫折とともにラテン語の勉強をあきらめました。死語ということもありますし、実用的な言語ではないので、美しいグレゴリオ聖歌の意味がわかっただけでも満足し、複雑な文法の学習は遠のいでいきました。



複雑難解な死語であるラテン語ですが、教会の伝統・典礼・聖伝・信仰をそのままの形で保存するという意味では、実は死語であるラテン語こそ大きなメリットを享受しているのだと言えます。ラテン典礼を各国語に翻訳せずに、ラテン語のまま20世紀も続いてきた御ミサを挙行することこそ伝統をしっかり保全し、天主へのふさわしい礼拝としてふさわしいものでしょう。



各国語に翻訳することは、能動的に一般信徒のミサへの参加を促す目的があったようですが、残念ながらその目的のために、典礼文やミサ中の挙動に多くの改悪がありました。



たとえば、跪く行為は、多様性の名のもとに跪き台とともに取り去られました。ミサの各国語化によって、必然的にグレゴリオ聖歌も標的とされ、各国語の典礼聖歌が優先され始めました。



記憶が正しければ、典礼聖歌(いわゆる典礼聖歌集)の作曲家の中には、典礼聖歌はグレゴリオ聖歌に勝ることはないという趣旨の発言をされていました。なぜならば、グレゴリオ聖歌は、ラテン語の言葉(お祈り)の上に旋律(メロディ)を付けたのであり、元来グレゴリオ聖歌とはお祈りそのものであるからです。



また、典礼文の改悪はひどいものがありました。ラテン語の忠実な翻訳ではなく、できるだけ短く、そしてできるだけエキュメニカルに沿った翻訳を心掛けているということでした。典礼の刷新については、第2バチカン公会議の進歩派と保守派の戦いに関する聖ピオ10世会司祭小野田神父のブログホームページの記事のどこかにありますので、そちらをご覧になればよいかと思います。



話がそれましたが、ラテン語を学習したいという方は、次のページがかなり参考になるかなと思います。「Kyrie」「Credo」「Sanctus」のラテン語を文法的に細かく説明しているので、普段、ラテン語でキリエやクレド、サンクトゥスを唱えている方は、文法的に理解することで、応用的にグレゴリオ聖歌などの文法を理解できるようになり、その意味も理解できるようになるかもしれません。



ざっと見た限り、学習におすすめです。ローマ字の読み方から、それこそ名詞や形容詞の語尾変化などが学べます。



http://pierres-blanches.tea-nifty.com/blog/files/missa-ordinarium-ver3.pdf



管理人は苦労したあの時を懐かしみながら、ざっとページを読ませていただきました。すばらしいできです。このラテン語解説書をpdfでアップさせた方に感謝したいですね。



pdfを開くことができない場合、次のブログのページで読めます。



http://blog.livedoor.jp/missa_ordinarium/









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