2015年2月24日火曜日

シリ枢機卿に関する情報とアシジの聖フランシスコの預言

シリ枢機卿に関するFBIの元コンサルタントの情報



ファティマの聖母の預言と関連性があると思い、FBIの元コンサルタントの情報と、アシジの聖フランシスコの預言について書かれた本の一部を以下抜粋しました。



元FBIのコンサルタント:ポール L. ウィリアムズの著書
The Vatican Exposed: Money, Murder, and the Mafia: Money, Murder and the Mafia


Wikiによれば、Drew大学で神学修士号と博士号を取得し、10冊の著書を残す。またテロリストとマフィアの犯罪組織に関するFBIのコンサルタントとして7年従事していた。

10冊の著書のうち、上記「The Vatican Exposed:~」には、バチカン内部の不穏な動きについて記述している。(pp.90-92)


1954年、バチカンの新聞L'Osservatore Romanoの編集者Count Della Torreは、[教皇]ピオ12世[アンジェロ枢機卿]に対しロンカッリの共産主義への共感について警告した。Black Nobilityの他のメンバーも似たことを伝えた。
 ロンカッリ(後のヨハネ23世教皇)はFBIやCIAの注意から逃れることはなかった。当局は彼に関することと、(未来のパウロ6世である)高位聖職者ジョバンニ・バッティスタ・モンティーニも含め、バチカン内の他の進歩主義者らに関する分厚いファイルの蓄積を始めた。

【訳者注:Black Nobilityとは、教皇の統治や教皇庁の管理職に就くなど、ローマ教皇と結びつきを強めた貴族の家系を指して使われるようです。教皇ピオ12世も貴族出身で、エウジェニオパチェッリ神父時代、父親と同じように法律の方面でバチカンを支えていました。】

[・・・]

ピオ12世は枢機卿ジュゼッペ・シリを後継者として指名した。シリはもっぱら反共産主義者で、教会の教義については妥協しない伝統主義者、かつ腕の立つ官僚だった....
1958年[10月26日]、新しい教皇選出のためシスティーナ礼拝堂は閉められ、不可解な出来事が明るみに出た。3度目の投票で、FBIの情報によれば、シリが必要(投票)数を獲得し、グレゴリオ17世教皇として選出された。新しい教皇が選ばれたことを知らせる礼拝堂の煙突から白い煙が出た。バチカンラジオ(Vatican radio)のpm6時に喜びのニュースが放送された。アナウンサーは「煙は白です…これは疑いありません。教皇は選出されました。」と言った。

しかし、新しい教皇は現れなかった。煙は白かったのかグレーだったのかという疑問が起こり始めた。そんな疑問を抑えるために、コンクラーベの秘書の高位聖職者サンタロ(Santaro)が、報道機関(バチカンラジオ)に対して、煙は実際白で、新しい教皇が選ばれたと伝えた。しばらく待ち続けた。晩になるころにバチカンラジオは結果は不確かであることを伝えた。1958年10月27日、Houston Postのヘッドラインに「4度の目の投票で教皇選出に失敗、煙のサインの取り違えで誤報を引き起こす。」と出た。

しかし、報道は有効であった。4度目の投票では、FBIのソースによれば、シリは再び必要得票数を得て教皇位に選ばれた。しかし、フランスの枢機卿たちは、鉄のカーテンの向こう側で、広範囲の暴動と有力な司教らの暗殺を引き起こすだろうと主張し、結果を無効とした。

枢機卿(シリ)は暫定教皇としてフレデリコテディシニ(Frederico Tedischini)枢機卿を指名(opted to elect)したが、病気がちでその地位を受け入れなかった。

最終的に、3日目の投票で、ロンカッリが必要な援助を受けてヨハネ23世になった・・・





アシジの聖フランシスコの預言



また、アシジの聖フランシスコについて書かれた本で、バーミンガムの司教ウィリアムベルナルドの認可を受けている「Works of the Seraphic Father St. Francis Of Assisi」(出版社:R. Washbourne, 18 Paternoster Row, London.)という作品の頁248から頁250にはこうあります。(リンク先、英語で読めます)

チャプターⅩⅢ
聖人(アシジの聖フランシス)は教会内における大きな分裂と試練を預言する

聖なる父(聖フランシス)の死の直前のわずかな時間の間に、彼は子を招き寄せ、来たる困難について警告した。曰く、「勇敢に振る舞いなさい、私たちの兄弟よ、勇気をもって、神に信頼を置きなさい。その時は速く迫っていて、大きな試練と苦難があるでしょう。霊的にまた俗世の両方において、混乱と争いがあふれ出すでしょう。多くの慈善が冷淡となり、邪悪な意志である悪意が増えるでしょう。悪魔は非凡な力を持ち、私たちの会やその他(の会)の汚れのない純粋性は大いに曇らされ、忠誠心と完全無欠の愛を持って、本当の統治者かつローマの教皇に従うクリスチャンはほとんど見いだされないでしょう。この試練の時に、1人の人物が、正統に選ばれずして、教皇位に上げられる。不正によって、彼は多くの者を誤りと死へ引きずり込む努力をするでしょう。それから、スキャンダルな事件が積み重なり、私たちの(修道)会は分裂させられ、その他は完全に破壊されるでしょう。というのは、彼らはそれに抵抗せず誤りを受け入れるでしょうから。人々や宗教また聖職者の間で、意見の多様性と分裂があるので、時が短くされないかぎり、福音の言葉によれば、このような大きな混乱の中で、神の大いなる慈愛による特別な導きなくしては、選ばれし者でさえ誤謬へと陥るでしょう。
それから、私たちの生活の規範や生き方はある者たちによって暴力的に否定され、恐ろしい試練が私たちのもとにやってきます。信仰のうちに生きる人々は命の冠をいただきますが、自身の属する会にばかり信頼を置き、熱意を失った者たちには災難が降りかかるでしょう。というのは、選ばれた者であることを示すために許された誘惑を、彼らは支持することはできないでしょうから。(,for they will not be able to suport the temptations permitted for the provinig of the elect.)
熱意を保ち、愛の徳を実践し、そして真理を渇望する人々は、反逆者や分裂者であるかのように被害と迫害を被るでしょう。なぜなら、悪霊によって促された迫害者らが、神への大いなる奉仕をもって地球上からそのような邪悪な者たちを滅ぼすのだと言うでしょうから。しかし、主は苦しむ者の避難所であり、主に信頼を置く者たち全てを救われるでしょう。そして、彼らの頭であるように、彼ら選ばれた者たちは、敢然と行動し、その死によって自らのために永遠の命を獲得するでしょう。人ではなく神に従うことを選ぶことで、彼らはなにも恐れず、嘘と背信に同意するよりは朽ちることを望むでしょう。ある者は真理について口をつぐみ、ある者はそれをかかとで踏みにじり否定するでしょう。生命の成聖は侮蔑され、外見上それを公言する者でさえそうするでしょう。その時に、主イエズスキリストは本物の司牧者ではなく、破壊者を送られるでしょう。」



補足
管理人は上の情報をセデバカンティストのサイトで確認しましたが、自身はセデバカンティストではないということをここに付記しておきます。

教皇が、たとえカトリック的でない発言と行動を取ったからと言い、偽教皇であると判断することは個人的に差し控えたいと思います。仮に教皇が教皇でないとしても、それはカトリック信徒個人が決めることではなく、カトリック教会が最終的に判断することであるという考えに基づくものです。ただし、破壊者がやってくるということは否定しません。カトリック信徒一人一人が、自分の信仰を守る時が来ていると私は思っています。


2015年2月11日水曜日

ステファン神父の公開謝罪「ICELに従事することをやめます」(2002年10月)


典礼改革のため、ラテン語から英語へ翻訳する典礼国際委員会(1964年)が立ち上がり、当時の諮問委員であったステファン神父は、その後のカトリック信仰の破壊をまざまざと思い知らされ、公開謝罪の手紙を2002年10月に発表しました。神父の心からの懺悔に耳を傾けてください。



Stephen F. Somerville

ローマ典礼のカトリック信徒の皆様へ


私は一神父として、数十年にわたりカトリックの信仰にはっきりと害を与える仕事に携わってきました。今ここで、私は神と教会の御前で心よりお詫び申し上げ、その破壊的な計画に参与することを
断固としてやめることを決意いたします。私が話しているのは、第2バチカン公会議以降の典礼を英語に翻訳する公認の職についてであり、私は英語典礼の国際委員会「ICEL」の諮問委員会のメンバーでありました。

私はカナダのトロント大司教区の一司祭であり、1956年に叙階されました。若き頃より典礼に魅了され、私は1964年に新しくできたICELの諮問委員会のメンバーとして選ばれました。33歳という最も若いメンバーとして、私は典礼論とそれに付随する法規の自身の不十分さに無様にも気づかされ、私たちのうちに常に増していく、過激で進歩的な要素(原因)によって自信満々に提案され押し付けられた大胆な誤訳を前にして、すぐに私は当惑を感じました。気づきながらも、私は委員会の多くの翻訳のうちにある間違いについて声を上げることができませんでした。

いくつかの例を手短に示したいと思います。司祭が頻繁に挨拶するところで「主は皆さんとともに」
と言い、信徒は伝統的に「そして司祭の霊魂とともに」、ラテン語では「Et cum spiritu tuo」と応えます。けれども、ICELはそれを書き直して「また皆さんとともに」としました。このことは全体的に平凡でありながら、かつ「また”also”」という余分な単語を付け加えました。より悪いことは、私たち人間は霊的な魂を持つということを思い出させる単語「霊(魂)"spirit"」を省いてしまったことです。
さらに、聖パウロの手紙にもでてくる「あなたの霊とともに」という(インスピレーションを受けた)4度の繰り返しの使用をやめたのです。

回心の祈りの「私は告白する」では、ICELは3度の「我が過ちなり、我が過ちなり、我がいと大いなる過ちなり。」を省略し、たった1度の「私自身の過ち」として代用したのです。これは、さらなる罪意識の破局の一歩です。

御聖体拝領前、私たちは「主よ、私の(家の)屋根の下まで御出になるほど私は値打ちのある者ではありません。」とお祈りをしますが、ICELはこの部分を「あなたを受けるに値しない」と変更しました。屋根という象徴は、マタイ福音の8章8節ではっきりと繰り返され、子供としての生き生きした具体的なイメージであるのですが、これを省いたのです。

ICELの変更で本当に破壊に至ったのは、特にミサの祈願(oration)です。年間第21主日のコレクト(The Collect)や導入のお祈りはまさにこのことを実証しています。
ここに厳密に訳すと

「おお、信徒の心を一つにする主よ、あなたが命じる愛とあなたが約束される望み(の恵み)とを、あなたの民にお与えください、世俗的な多様さのうちにあって、私たちの心が真の喜びを見出すその場所に留まることができるように。」
(O God, who make the minds of the faithful to be of one will, grant to your peoples (grace) to love that which you command and to desire that which you promise, so that, amidst worldly variety, our hearts may there be fixed where true joys are found.)

ICELの1973年から使われている版では、この部分を、

「父よ、この変節する世界のうちに私たちに終わることのない喜びをもたらす価値(values)を探し求める手助けをしてください。あなたが約束されることを私たちが切望する中で、心のうちに私たちを1つにしてください。」
(Father, help us to seek the values that will bring us lasting joy in this changing world. In our desire for what you promise, make us one in mind and heart.)

ここでいくつかコメントをします。天主を「父"Father"」と呼ぶのは、天主の祈りの「我らの父よ」を除いて、典礼上慣習的ではありません。「探す手助けをしてください"Help us to seek"」が暗示していることは、私たち自身だけで探すことができるだろうことを示し(ペレジアンの異端)ていますが、だが神の助けを幾分欲しているということになります。イエズスは言います。「私がいなければ、あなたは何もすることができない。」と。ラテン語では「お与えください(私たちに)」と唱えますが、ただ「手助けしてください」とは唱えません。ICELが使う「価値"values"」には、流行語としての「価値観"values"」をほのめかしていて、それ(価値観)は今流行りのものであったり、政治的な正しさを言ったり、もしくは人々や、また場所によって変化するものなのです。「この変節する世界にあっての終わりなき喜び"Lasting joy in this changing world"」なんというのは不可能なのです。「切望する中で"In our desire"」から、すでに私たちはその望みを持っていることが憶測されますが、ラテン語では、この望みを謙虚に祈り求めるのです。「あなたが約束されること"What you promise"」の部分では、「神が命じられること"what you (God) command"」を省き、それゆえ私たちの義務感を弱めてしまっています。「心のうちに私たちを一つにしてください"Make us one in mind (and heart)"」の部分は新しい文で、メインの嘆願のように見えますが、先の部分(前文)と一致しないのです。
ラテン語ではむしろ私たちの心を一つにするのは神の絶え間ない働きであることを教え、神の命令と約束を私たちが熟考することで(それは)達成されるのです。明らかに、ICELは新しいお祈りを書いたのです。これら全ての批判は重要なことなのでしょうか?大いに(重要です)。典礼は祈りの法であり(lex orandi)、それは信仰の法(lex credendi)を形成します。もし、ICELが私たちの典礼を変更したのなら、私たちの信仰も変っていくでしょう。(実際)私たちはこの変化のしるしと私たちの周りで起こっている信仰の喪失に直面しています。

ラテン語のカトリック典礼の祈願を弱めてしまったという上記の例で十分であるに違いありません。ICELの度重なる作業(翻訳)のうちに、何千もの誤訳が確かに存在するのです。作業が進んでいくと、私はますますはっきりと批判的になりました。1973年ごろに自主的に諮問委員の職務の期間を終えてから、私は名誉会員と相談役に指名されました。この手紙で、私はこの地位に存在するいかなる事実も否定いたします。

ICELの働きは決して全否定されるものではありませんでした。豊かに兄弟のようにわかちあえたこと、教会の知識の成長的な蓄積、ローマやロンドンその他の場所におけるカトリックの存在、第2バチカン公会議の集会における助言、名高いキリスト教徒との出会い、その他諸々も含めて、好意的な評価を持って思い出すのです。感謝の意を持って2人のICELの同僚を認めます。故ハーバート・フィンバーグ教授とエディンバーグのイエズス会ジェームズクィーン神父は、私よりもずっとはっきりと、模範とすべき正しい翻訳の仕方をその時から知っていたのでした。私がICELでの過去のことを否定するのは、これら積極的な面と人々に対するものではなく、カトリックの信仰と崇拝の腐敗に対するICELの働きが貢献してきたことに対してなのです。この腐敗のために、たとえ個人的なその役割が小さくとも、私は神と聖なる教会に対し謙虚かつ真摯に謝罪をするのであります。

・・・



手紙にはつづきがありますが、割愛します。
http://www.angelusonline.org/index.php?section=articles&subsection=show_article&article_id=2161

+キリエ・エレイソン+